2011年2月25日

うゐのおくやま けふこえて - おくやまけふこえて

色は匂へど 散りぬるを
 我が世誰ぞ 常ならむ
     有為の奥山 今日越えて
        浅き夢見じ 酔ひもせず 

 「有為の奥山今日越えて」-- 有為とはインド語でサンスクリタ(作られたもの)英語で言うと the created しかし、キリスト教のように神によって創られたものということではなく、仏教では縁起思想ですから、原因と条件が合するところに万物は存在する。因縁は常に加わりますから、それに応じて常に相(すがた)を変えています。すなわち「無常」です。この「無常」なるものへのとらわれを滅して因縁の道理を知る、真実の道理に目覚めることです。有為とは為す有りとも読めます。人間のはからいとは「人生とはどうしたって有為なんだ」というのでしょうが、無為というのは為す無しということです。そのことに一所懸命には勤めるが、こうやったらこうなるだろうというアテを作らないこと。アテを作るとみんな、必ず手前みそになってしまうのです。

このサイトで、分かり易く書いてありますが、昔うすぼんやりと聞いた記憶はあるものの、本当にぼんやりであり、そんなぼんやりがこのサイトかもしれない。 

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